fukkatsuのブログ

鬱病治療中の日記です

職場復帰への不安

 まぁ、正直なところ私は自分の会社に居心地の良さを感じた事が無いのです。プロパーが多い職場、日本的組織(余り良い意味ではなく)、そしてこと休職前の上司との関係。

 これらを考えると職場復帰には大きな不安があります。

 ただ、仏教の法話を聞いていて「信じる事とは何か」について説明をしていました。つまりは、未来がどうなるのか、過去にやってしまった事をどう取り戻せば良いのか、こう言った事は仏様を信じお任せし、自分は今に専念する。それが信仰だと言うものです。

 以前、武田鉄矢氏もラジオで「5年先、十年先を考えたら不安になって当たり前でしょ。今、頑張るのが大事なの!」と奥様に怒られたと言うようなエピソードを披露されていましたが、それとも通じる話ですね。

 人はついつい先々を心配して、占いや予言に頼りたくなる面を持ちます。変な事かもしれませんが、とある神社で500円のお守りと金運用として2,000円のお守りが頒布されていました。

 こう並べられると、馬鹿げた話に聞こえるでしょうが2,000円のものを手に入れた方が良いように思えてきます。実際、何人かお守りを分けてもらっている人達を見ていると2,000円のものからはけていくのです。

 そうなるとお守りマニアの私も財布の中から、なけなしの2,000円を出したくなってしまいます。が、じゃあその4倍の価格(と敢えて書きます)によって神様はご利益に差をつけるのでしょうか?と、社務所の前で陳列されたお守りを前に500円の愛らしいカエルの描かれたお守りをいただくことにしました。

 「じゃあお札はどうなんだ?」「御祈祷の初穂料は無駄なのか?」と言われそうですが、私は基本的に神宮大麻以外のお札は御祈祷を受けて授かるものだと思っていますし、そうでなければ肌守りなど身につけています。

 そうなると、お札単体で考えれば確かに先程のお守りと同様、高い方に価値を見出しているようですが、昇殿などして少しでも近くでお参りをすること、また神職や僧侶によって自分の言葉を取り次いで貰った上でのお札には違う意味があるような気がするんですよね。

 なんだか、いつも以上に取り止めのない事を書いてしまいましたが、お読み頂いて、ありがとうございます。