fukkatsuのブログ

鬱病治療中の日記です

薬は偉大だが

 最近、Twitterを見ていると運動する気力がないとか、鬱の諸先輩の書き込みが多いことを知りました。

 症状の重さなどにもよるのでしょうが、私が早朝散歩を日課にできている理由は、恐らく唯一、薬効だと思います(リフレックス)。この薬のおかげだと思いますが、元来、寝起きの悪い私が6時にはびちっと起き上がり、例え…いや実際に足元がふらつきながら顔を洗い、メダカに餌やりをしながらタバコを一服し、散歩に出ると言うルーティーンがこなせているのは、この薬のお陰だと思います。

 酷いときには休みの日には12時間以上寝てみたり、夜中の3時に悪夢で目覚めて夜明け頃まで寝付けなかったりした頃とは全く違う生活リズムが薬によって革命的に変わっている訳です。考えようによっては恐ろしい事ですが、自分にとっては万全と「休む」という罪悪感を軽減してくれる薬でもあります。

 たぶん、寛解する頃までは飲み続けなければならないのでしょうが…。まぁ、深くは考えず、まずはルーティーンがルーティーンとして自然になるようにしていきたいと思っています。

ploomtech xについて

 今、このブログを書こうと思い、準備のために蓋を開けずに目薬を挿そうとした私です。

 喫煙者でも、それほど馴染みはないかもしれませんが、今日はJTのploomtechシリーズのうちプルーム・テックX(カナの方が入力しやすそうなので、以後、これで)について書きます。こいつはプルーム・テックシリーズでも、他の加熱式と同じタバコスティックを使うタイプで、シリーズの中で一番「吸いごたえ」がある製品です。この夏まではプルーム・テックSとされていましたがスティックが若干長くなりデバイスも新しくXとされ、先代のポッチャリパディがかなりスリムになりました。見た目は、かなり高得点です。が、幾つか難点が…。

1. スティックが熱い

 吸い終わって灰皿にスティックを入れようと思って差し込み側(タバコの葉が詰まった側)に触れると、Sよりもかなり熱く感じます。加熱温度を上げて、より吸いごたえを強めようという事なのかもですが、結構、熱いです。

2. 味が最後までもたない

 Sのデバイスで吸ってみても同じなのですが、フレーバーによっては最後に苦味だけが上がって来てフレーバーの香料が先に切れてしまう感じです。

3. そして「故障」

 最悪だったのは、故障です。結論から言えばプルーム・テックの他の製品と同様、保証期間内ならデバイス交換で対応なのです。が、故障の仕方がお粗末というか…。「さて、吸いますかね」と思いタバコスティックを差し込もうとしても、途中で止まります。「なんだろ?」と思ってスティックを見てみると押しつぶしたようになっていて、デバイスの中に障害物でもあるようです。そしてふと、さっきまで吸っていたスティックを見てみると「み、短い‼️」。

そう、スティックの先、1/3ぐらいが中に残っているのです。とてもじゃないですが指で引き出せる状態じゃありませんし、仕方なくサポートサイトを見てみます。

 そして出てきた結論は「電話しろ」でした。素直な私は指示の通りに電話。すると自動音声がチャットでも対応できますよと、誘ってきます。話すよりは気が楽だな。とチャットで申し込む旨、1をキーイン。間も無くして、チャット用のURLがSMSで送られてきます。そしてチャットに入力…。ここでこのチャットが「チャットbot」だと気付きました。要するに私の入力した質問は人に届かず、botと言うシステムが処理するわけです。このシステム、どこでもそうですが、サポートサイトの回答レベルしか用意してません。つまり、チャットに入力した質問への答えは「電話しろ」なのです。

 そして再びの電話。オペレーター対応にして状態を説明すると「故障ですのでお取り替えになります」と想定通りの反応。

 結果、翌日には代替品が届き、今、故障…タバコの葉が詰まったデバイスを返送したところです。

 交換品を使ってみると、前のものよりスティックが引っかかる感じが少なくなったようで、抜いてみると、前は明らかにスティックが変形していたのに、今回は変形が少し小さくなっていますね。ロットごとに改良しているのかもしれません。

 

昔の紙巻きタバコなら、手持ちがなくなっても、ライターを忘れても、まぁなんとかなる。という喫煙環境でしたが、加熱式となるとデバイスごとにタバコの種類も変わるし、故障されるとお手上げです。予備機として家にはSを、手持ちの予備機として+を持ち歩いていますが…。こんなところにも喫煙者には厳しい時代を痛感させる要素があるんですよね…。

やっぱり今週は重い

 今日は朝の散歩をおサボり。朝、六時に起きていながら、実際には10時まで朝食後に二度寝。頓服は飲まずにいるのですが、何となく重いです。

 昨日の診察で「カウンセリングって受けたほうが良い?」と聞いたら、「まぁ、良いかもね」と言われ申し込んだんですけどね。高いですねぇ。自己負担で毎回5千円ぐらい消えていくとなると、先行き不安の中ではちょっと痛い出費。でも、一度は受けておこうかと。

 で、今日。散歩をサボってボケっとしながら思ったのが「会社に必要とされようとするから辛いんじゃね?」という事。バキバキと仕事をしてきて、それなりに成果を上げてきた分、承認欲求は満たされていた時期もあったし、承認欲求を満たしたくてジクジクしていた時期もあり、逆に異常な期待値に応えられずゲンナリしたり。と。そんなの気にするの止めようかと。

 この考えが浅はかなものなのか、それとも自分なりの基準になるかは判りませんが…。

バブル時代を振り返って

 「バブル」1990年代を若い頃を過ごした世代から見ると、「随分変わったなぁ」と思うことがあります。私自身は、いわゆる「バブル世代」の少し上の年代、その上にSE職だったので所謂「バブルの美味しい時代」と言うのは全く無く、長時間残業、1ヶ月〜2ヶ月の連続勤務、3・6協定違反を管理職と相談してやり過ごし、女性の先輩は流産、男性の先輩は一人がノイローゼ、他に自律神経失調症や私もですが筋硬直による勤務障害など、一人としてマトモな状態の人間がいない職場環境で数年を過ごしました。当然、帰りはタクシー。これは美味しく見えるかも知れませんが、タクシー券の在庫が無いと先輩を送り届けて家につくまでに2時間掛かったり、ナビの無い時代でしたから高速に乗れても道案内のために起きていなければならなかったり、横柄な運転手さんと口論になったりと、気の休まることなく帰宅。電車通勤なら読める本、今ならスマホを見るような余裕は全くありませんでした。

 それでも何とか生き残れたのは、ただただ若かったから。なのでしょう。

 今、その頃を振り返ると、今の時代はストレスチェックがあったり、パワハラ教育があったりと働く環境は一見、改善しているように見えます。少なくとも制度としては天と地の違いがあります。

 では、私のような鬱、あるいはメンタルを病んでいる人が減っているのか?と言えば、むしろ増えているのでしょうね。以前に比べ、例えば先程書いたような筋硬直を心因性の病として診断されることが増えたり、そのために心療内科や精神科で受診するハードルが下がったのも大きな影響でしょう。

気が、気が重いよ…

 今日は通院日。朝から少し気が重い感じです。それでも散歩はしているのですが、頓服不可避。

 胸騒ぎはなく、ただただ倦怠感と気の重さ。昨日の行動が頑張りすぎだったのかな?と少し振り返りつつ…。これからクリニックです。

今日の予定(できるかな?)

 散歩を終えて一休みして、今、浅草へ向かっています。浅草寺、併せて浅草神社、そして待乳山、今宮神社、そこから吉原弁財天と吉原神社、飛不動へと歩く予定です。

 久しぶりに長い歩きになるのと、決して調子は良くないので…、どこまで目標に近づけるかチャレンジです。頓服持って頑張ってきます。

夢。について

 今回のお題の「夢」は夜見る夢ではなく将来の夢についてです。読んでいただいる皆様に夢はありますか?

 数年前、外国人と仕事をどっぷりとしていた時期があります。彼は某大企業のエリート。でも気さくに私より若年とは言え、地位のギャップを盾にした様子もなく対等かつ柔軟に仕事ができ、プライベートの話も良くしていました。

 そんな彼が突然、だったと記憶していますが「お前の夢は何?」と聞いてきたのです。咄嗟の質問にうまく答えを見つけられず、「逆に君の夢は?」と聞くと、その大企業のカントリーマネージャーか本社のEVP(上級役員)になることと答えてきました。単にポジションが欲しいのではなく、彼がベストと考える方法論やビジネスを展開するのに必要な力と権利が欲しいからだと言うのが彼の夢の中身でした。そう答えられると、こちらも答えない訳に行きません。素直に「無い」としか言えませんでした。

 当時は鬱を発症する以前よりも多忙を極め、恐らくその時点で何らかの精神バランスは崩壊していたのだと思います。正直、将来の夢を考えるよりも目標をクリアすることで精一杯でしたし、夢よりも生きていく事に懸命になっている時期でした。

 それから一ヶ月ぐらいしてからでしょうか、彼の部下が日本に来た時に「お前、夢ってある?」と質問してみました。まだまだ若い彼は「ガールフレンドと結婚して家庭を持つことだね。高級車とかは要らないから、安心して暮らせる環境にいたい」と中々現実的な回答です。当然、彼も私に聞いてきます。その時に答えたのが「今やっている仕事で専門家と言われたい。日本を守ることに繋がるから」という内容でした。当時、真剣に自分と向き合った結果の夢がそれでした。しかし紆余曲折もあり、その夢が叶うことはありませんでした。

 では、今はどうかと言われると、夢はあります。自分が構築しているサイトが収益をあげられるようになり生活ができるようになること。それを通じて各地の神社や仏閣の方とお話をする機会を作り上げることです。正直、今は無謀な事なのですが、逆に最近では檀家さんが減り一時は「坊主丸儲け」と言われた時代が終わろうとしています。神社は更に厳しく、氏子会だけでは運営もできないところ、保守もできないところが増えているそうです。少なくとも、神社にお参りに行って神職の方が高級車に乗っている様子は殆どと言って良いくらい見かけません。古くからある神社が厳しい経営環境にあると言うことは、決して良いことだとは思えないのですね。だから、そんな環境を少しでも変える手伝いができれば良いな。と言うのが私の夢の中身です。

 この夢が叶うかどうかは分かりません。でも夢がある限りは病気に負けず、共存できそうな気がします。

 昨日・今日と久しぶりに頓服を飲まなくてはならないローな気分なだけに、夢はこころの中で大切に育てて行きたいと考えています。